『主と影』

「…ランファン。」
パチパチと燃える薪を見ながら、主が私の名前を呼ぶ。
「何でしょうか、若。」
シンを出てから数日、途方もなく遠いと思っていたアメストリスはあと一、二度夜を明かせば辿り着けるであろう場所までに近付いていた。
「……面くらい外したらどうだ。此処にはお前と俺しかいないのに。」
此処はシンとアメストリスを遠ざける巨大な砂漠。街はおろか、生きた人の姿すら見る事はない。
祖父はアメストリスの様子を見る為に一足先にこの場所を離れ、此処に残るのは主である若と、護衛である私のみ。
「しかし…」
「外せ、と言ってるんだ。他に人の姿があるならともかく。」
若は何故か二人で居る時に私が面を付ける事を極端に嫌う。そして私の手を振りほどいて面を外してしまうのだ。
「…よし。」
まじまじと私の顔を見て若はうんうんと頷く。
「…若。」
「良いだろう、二人で居る時くらい昔馴染みの顔が見たい。フーの前で外せとは言わないから。」
「……っ」
若は、ずるい。
私が主君に逆らう事が出来ない事を知っていて、私に決まりを破れと言う。本来ならば護衛の最中に素顔を見せる事は禁じられているのに。
私は少しだけ首元の布で顔を隠す。面がないと、表情から感情までもが若に伝わってしまうから面倒だ。
「ランファン、膝を貸せ」
私の照れた表情に気を良くした若はそのまま私の膝に頭を乗せる。
「若…っ」
「少し、寝る。」
これでは護衛どころか焚火の番すら出来ない。若はそんな事お構いなしに自分の目を閉じた。
「…あと少しでアメストリスに着く。」
「…はい。」
「…賢者の石が手に入ったら、俺は皇帝になる。」
「……はい。」
独り言の様な若の言葉に私は静かに相槌をうつ。
「そうしたら、ランファンは俺の一の后になれ。」
「………は……!?」
思わず声をあげる。駒である護衛という立場の私に若は何という事を言うのか。
「もし公の場で、皇帝である俺が狙われたらどうする?その時、一番近くに居られるのは一の后だろう?」
「でも、」
「“俺”が、それが良いと言ってるんだ。誰にも文句は言わせない。」
…なんて無茶な我が儘。
今まで様々な我が儘を聞いてきたけれど、若はその我が儘を全て現実にしてきた。私はそれを知っている。
だからこそ、その我が儘が一時の気まぐれである事を願いたいのだが。
「ランファンは嫌か?」
膝に乗った頭を真上に向けて若はこちらを見る。
「…私の身の上は全て若次第ですので。」
目を合わせるのが恥ずかしくて、私はつい、と視線を外した。

嫌なわけがない。私にとって若を護る事が私の唯一の存在理由であり、若が私の全てなのだから。
…だけど。

「若が皇帝になられた時に、一の后様には誰が相応しいのかをよくお考え下さい。」

私などではない、シンの皇帝に最も相応しい女性を。

「私は影です。影は何があろうとも若の傍で、貴方をお護り致します。」
私の言葉に若は少し眉を歪ませる。若の言わんとしている事はよく解っていた。
でも私にはその答えしか出す事が出来なかった。
「…わかった。」
私の話をじっと聞いていた若はふう、と小さく溜息をつく。
「俺が皇帝になった時、改めて一の后は誰が良いのか考えるよ。」
膝の上でにこやかに言葉を紡いだ若が、この時小さな決意を抱いた事に私は気付く由もなかった。

「主と影」by千早さん


千早さんからの頂き物です。
程よく甘々なリンランで満腹です☆
文章力とかが無いので読書感想文とかも苦手です(現在進行形/汗)
なのでSS書きな方も尊敬しちゃいます。
千早さんご馳走様でしたvv